二〇〇七年 六月 三日(日)

100diary合掌

[日常記録]

祖父が他界しました。
89歳
大往生でした。

もともと細かったけど数年前からだんだんと物を食べなくなり、小さくなっていったおじいちゃん。
特に3年前に階段で転んで腰椎を圧迫骨折してからは一段と体が動かなくなり、とてもではないけれど、老齢のおばあちゃんとの生活は不可能となり。
施設や病院と家を行ったり来たりの生活になってしまい

だんだんと衰えていく祖父は、それでもなんとか頑張っていましたが
5月のはじめに肺炎を起こし入院し、それでも調子がよくなったり悪くなったりを繰り返しながら
とうとう5月29日容態が急変、午後7時10分お迎えが来てしまいました。

私にとっての祖父の「死」は
冷たいようだけど、こちらの声に反応しなくなってきたころにやってきていたようで
呼吸が止まり、心臓の動きが弱くなっていき、私の父の「もう、いいです」と言う声に主治医の先生が答えて、器具や点滴を外し「7時10分です」と言ったその瞬間ではなかったようです。
だからそのときに涙は出なかった。
「おじいさん、死んじゃったの?」とおばあちゃんが言ったのが物悲しかっただけ。

私は、生まれて初めて人の呼吸が止まる瞬間を見た
そう感じただけ。

それでも、綺麗に整えてもらった体が、火葬場に行き骨になって出て来たのを見たときには、大きくため息がでた。
人が死ぬ、呼吸をしていないことよりも、骨が、これがおじいちゃんなんだとおもった瞬間が、私の中でおじいちゃんの死が、現実として認識された瞬間だったかもしれない。

それでも大往生だったね、と家族みんなが納得。
もう、無理矢理息をさせるようなことはやめようね、と話し合っていたので酸素マスクと輸液を付けているだけで、気管切開などはしませんでした。
おじいちゃんは3年かけてみんなにいつかやってくる死を覚悟させたし、私たちが病院に駆けつける時間を十分にくれたから、間に合うはずの人は全員間に合ったね。勤務の終わった長兄も間に合ったし。
正直もう少し先かな、と思っていたところの急変だったけれど、覚悟はできていた

週末には次兄は車で5時間かけて来たよ!しかも腹にマイナス3ヶ月の子ども入りの嫁付きで!2時間滞在してまた帰った
月曜日にはとても可愛がっていた従妹も来てくれていたし

大往生でした。

ああ、これを書いていたら、初めて涙が出て来たよ。
あちらには、あなたの早くして亡くなった父、息子、そして孫も待っているから。
また会う日まで楽しくやっててね。

さようなら。