二〇〇七年 九月 二十六日(水)
中秋の名月
[日常記録]
しかし十五夜ではない今年。
とある湖岸のお寺で観月のお話を聞きにいった。
ここは毎年この観月の催しを開いている。
今年はマリンバの生演奏だったけど、昨年は・・・なんだっけ?
チェンバロのような弦を撥で叩いて演奏するような楽器だった。名前忘れた。
あ、「ハンマーダルシマー」これかな?
とにかく、琴のようなものを先の柔らかいハンマーで叩いて音を出すという、ピアノやチェンバロとマリンバ(木琴)の間のような楽器。
きょうは朝から雨が降っていたけど、夕方にはお天気も回復して、月が見えました♪


そば点心は、例のうちの父の実家にあった水車がいまおかれているというそば屋さんから。
なんとなくうれしい。
本当の満月は27日だそうだ。
二〇〇七年 九月 十五日(土)
野分
今日現在、まだ暑い・・・。
台風が熱い風を南から送り込んでくるせいだ。
最近他のところにアップしているせいでこちらにあまり書いていないが、まだ着物は着ています(笑)
しかも、その熱は現在上昇中・・・今年の夏もお稽古は薄物&浴衣でGO!でした。
本当に今年は暑い・・・前半(7月下旬までのところ)涼しくて楽勝、と思っていたらお盆前後にどどんときたので、本当に辛かった。
今日も本当はもう単衣なのだが、暑さに勝てずに着物は薄物、帯は単のざっくり帯。
ああ、いつまで夏物なのだろうか・・・よくわかりませんな。
先日そろそろと思って夏物をしまって袷のものを出してきたというのに(早いか)
二週間ほどお稽古に行けないので、次に着物を着る時はもう袷の時期?しかしいま、その姿が想像できないくらい、ムシっと暑い。
台風が早く去って、秋になって欲しいものです。
二〇〇七年 八月 十四日(火)
Bloodline
[日常記録]
仲右衛門→右一郎→彦右衛門→昌福
というのが我が家のじいさんまでの当主ですわ。
今回色々な手続きのためにじいさんの戸籍の古いものをとってみたんだが・・・。うーん、おもしろいなあ。なかなか自分のご先祖様の名前って知る機会ないからね。
私のひいじいさんに当たる彦右衛門さんは、じいさんが小さい頃に河で船の事故のために早逝したので、うちの父さんももちろん知らない。その先代に当たる和一郎さんは長生きしたらしく、父もかろうじて覚えているらしい。
そして、母親たちはウチのばあさまの前までは全員カタカナ名前なんだよなあ。右一郎さんまでは江戸時代生まれだからね。そいうもんなんだろうかね。
いや、本当に人が一人亡くなると色々なことが判明して面白い。
他にも、ばあさまは父が生まれる直前まで入籍されていなかったりとか(子どもを産むまでは嫁ではないっつーことか?)
以前は戸籍の戸主を変更する時に「隠居届け提出」という記述があったり、あ!そうそう、ひいひいひいじいさんの仲右衛門さんは8月12日生まれ!次兄の子どもと誕生日が一緒になった(笑)
本当におもしろいなあ・・・
二〇〇七年 七月 二日(月)
タートル
[日常記録]
友人Mちゃんと紫陽花が綺麗なお寺に行って来た。
雨の境内をモリモリと咲く紫陽花の群・・・
綺麗で生命力に溢れているのう。
大きさが判りにくいが、この亀の頭は人の頭より遥かにドでかい。
この亀は夜になると勝手に歩き出しているらしい。んで、背中に重しを載せられちゃいました。
これ、江戸時代あたりに作られたものらしいが、それにしてはあまりほとびていない。鼻の頭がちょこっと欠けているくらい。
Mちゃんは病気療養中。
昨年度末に突然腹痛で病院に担ぎ込まれ、緊急手術に。
結局その治療でしばらく休職することになってしまった。
たくましい彼女だけど、やはりしばらくは顔色も悪く、すっかり痩せてしまっていた。
でも、今のところ元気になってきて散歩のせいか色も付いてきたので、ちょっと元気そうに見えるようになった。
久々にあったらカフェでしゃべりまくってしまった。
はよ、元気になって復帰できるとよいね。
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二〇〇七年 六月 二十八日(木)
からっぽ
[日常記録]
私が○年間つとめていた病院が2年前に移転新築となり、旧病院の跡地も更地になりました。
あー、なんにもなくなっている。
私のいた部署は大きな煙突がついていたりして、解体工事が始まってもかなり長い間残されていました。
ん〜〜きれいさっぱり(笑)
いったいこの広い土地なんにつかうのだろうか・・・
二〇〇七年 六月 二十一日(木)
感傷なし!
[日常記録]
しかし、人が一人死ぬということは忙しいものだ。
ここらあたりでは地蔵尊への札打ちやその後でも7日ごとに短夜があり49日まではやたらみんなで集まっている。
(おそらく三途の川やえんま様のところでおじいちゃんが苦労しないようにみんなで集まってはお願いする行事のようだ。違うかもしれんが)
うちのようにもう現役引退したじいさんでもそれでも色々な手続きがあるもので、死亡届けからはじまりお役所的な書類に無い財産でも相続などもあり。
年金や介護保険の手続きや銀行の預金なども、本当は生きているおばあちゃんがやるはずだがまあできるはずも無く、ほぼウチの母親が代行。私も時々下請けで届け出などしている(実子である父親兄妹に事務能力がないために・・・私と母には一文の得になるわけでもないのに!だ。)
今日は頼まれて父兄弟の書類などを役所で発行してもらったのだが、亡くなっている叔父があるので手続きがややこしく、あやうく出直しさせられるとこだった。うう。
本当に感傷的になる暇もないわね!
二〇〇七年 六月 三日(日)
合掌
[日常記録]
祖父が他界しました。
89歳
大往生でした。
もともと細かったけど数年前からだんだんと物を食べなくなり、小さくなっていったおじいちゃん。
特に3年前に階段で転んで腰椎を圧迫骨折してからは一段と体が動かなくなり、とてもではないけれど、老齢のおばあちゃんとの生活は不可能となり。
施設や病院と家を行ったり来たりの生活になってしまい
だんだんと衰えていく祖父は、それでもなんとか頑張っていましたが
5月のはじめに肺炎を起こし入院し、それでも調子がよくなったり悪くなったりを繰り返しながら
とうとう5月29日容態が急変、午後7時10分お迎えが来てしまいました。
私にとっての祖父の「死」は
冷たいようだけど、こちらの声に反応しなくなってきたころにやってきていたようで
呼吸が止まり、心臓の動きが弱くなっていき、私の父の「もう、いいです」と言う声に主治医の先生が答えて、器具や点滴を外し「7時10分です」と言ったその瞬間ではなかったようです。
だからそのときに涙は出なかった。
「おじいさん、死んじゃったの?」とおばあちゃんが言ったのが物悲しかっただけ。
私は、生まれて初めて人の呼吸が止まる瞬間を見た
そう感じただけ。
それでも、綺麗に整えてもらった体が、火葬場に行き骨になって出て来たのを見たときには、大きくため息がでた。
人が死ぬ、呼吸をしていないことよりも、骨が、これがおじいちゃんなんだとおもった瞬間が、私の中でおじいちゃんの死が、現実として認識された瞬間だったかもしれない。
それでも大往生だったね、と家族みんなが納得。
もう、無理矢理息をさせるようなことはやめようね、と話し合っていたので酸素マスクと輸液を付けているだけで、気管切開などはしませんでした。
おじいちゃんは3年かけてみんなにいつかやってくる死を覚悟させたし、私たちが病院に駆けつける時間を十分にくれたから、間に合うはずの人は全員間に合ったね。勤務の終わった長兄も間に合ったし。
正直もう少し先かな、と思っていたところの急変だったけれど、覚悟はできていた
週末には次兄は車で5時間かけて来たよ!しかも腹にマイナス3ヶ月の子ども入りの嫁付きで!2時間滞在してまた帰った
月曜日にはとても可愛がっていた従妹も来てくれていたし
大往生でした。
ああ、これを書いていたら、初めて涙が出て来たよ。
あちらには、あなたの早くして亡くなった父、息子、そして孫も待っているから。
また会う日まで楽しくやっててね。
さようなら。
二〇〇七年 五月 二十日(日)
大物
[日常記録]
10年ぶりの山登り墓参りがやってきました。
私の母方の祖父は幼い頃京都の伯父宅で育ったそうで、そのためにお墓が京都の山の上にある。
最近みんなお墓参りをサボっていたのだが、そろそろばあちゃんが危なくなってきたので、とりあえず京都で集まろうという話になった。
そう、今年はじいさんの20周年だった。
(なぜ20回忌でないかというと、母方はクリスチャンだから)
京都には最年少・マイナス3ヶ月から91歳までがほとんど全員集まりました。
(マイナスは私の次兄の子ども。8月生まれ予定)
そのなかで、一応本当は最年少たけぽん(長兄の子)は、宴会の中でもキョロンとしていて全く泣かず。
「こいつは大物だ」と口々に言われていました。
いとこの兄さんは
「うちの両親は自分たちが子どもの頃厳しかったのに、いけないと言っていたことを全部自分の子どもにやってるんだ!」と憤慨。
「いや〜〜責任が無いってこんなに楽しいことだと(笑)」と伯父。
・・・親とじじばばの攻防がなかなかに面白い親族の宴会でした。
二〇〇七年 四月 二十一日(土)
サザエさん
[日常記録]
今日我が家に23個のサザエがやってきた。やった♪
昨年から一緒に働いているOさんのご主人の実家が海のすぐそばで、おじいちゃんが第二の人生を海で送っていらっしゃるので、昨年に続き今年も、たんまりと。
お返しに庭の雑草のように生えまくるハーブやその他もろもろを差し上げた。えらいちがいや・・・。
今日は5個ほど刺身にしたあげく、キュウリと一緒にぬた(酢みそ和え)にして食べた。
私はぬたやサザエご飯にする方が美味しいと思うのだが、うちの父親はなぜか刺身を愛している。
それはそれで美味しいけど、貝の旨味がわかるのは火を通した方がよいと思うけどなーなー。
まあ、どちらにしてもOさんちのおじいちゃんに感謝!
二〇〇七年 三月 十八日(日)
和裁
着物の寸法を直してます。
なにを思ったかいきなり袷で・・・爆
この着物はとあるフリマで購入したもの・・・2000円ナリ
慌てていてよく見なかったけど、裏も表も汚れていて寸法が足りない。
ヨゴレは目立たない着物だからよいとしても(オイ)裄が足りないのが我慢できない。
しかし、2000円の着物を直すのにいくら掛かるのか。
直すのなら裏が木綿で汚いのと裾回しも色があせているので換えたい。
金額をみて沈没・・・とてもじゃないけど出したくない金額。
というわけで、まず裏地と八掛けをオークションで購入 合計5000円ちょい
あとは自分でチクチク・・・気の長い話だ。
汚いのは自分で洗っちゃおうかと魔が差すが、まあこれはキロ2000円で洗ってくれるという奥津さんのところに出してみようと思う。
今は必要なところの糸を解いて、表地のできるところを縫ったところ。
あとは裏地の到着を待つばかり。できれば明日届いて欲しい。