二〇〇八年 十二月 二十九日(月)
2008 世界遺産の旅 アンコールワットの朝
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モーニンモーニン。朝です。
早起きして、アンコールワットの朝日を見ます。
・・・しかし昨日天気がよくなかったので朝日は大丈夫なのか?
この時にはわかっていなかったが、この旅天気が順調でなくて当然だという要因があったのだ。
起きると真っ暗。なにせ4時30分起床だから。朝日が6時くらいだということなので、集合は5時前だし。
車で真っ暗なシェムリアップの街を走る。ほとんど街灯はないこの街。あるのは万博が行われた会場と街を結ぶ真っ直ぐな道のみ。
アンコールワットにはすでにうじゃらうじゃらと人がいた。
皆城壁に腰掛けて、アンコールワットの向こうから朝日が昇るのをひたすら待つ。
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ご多分に漏れず、秋分の日、春分の日にはアンコールワットの中央の塔のところから朝日が昇る。
今は冬至すぎだからかなり右側から日が昇るらしいけど・・・
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この程度の朝日でした・・・。
あ、でも一つ良い事が!
昨日の観光では見られなかった、「芸能人は歯が命」が見られた!
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ここをほぼ独占状態で見られた!
昨日の観光ルートでは通らなかった門の近くにあったみたい。でも大抵ここは沢山の人が来てみるので、近くでまじまじと見られるのはラッキーだそうだ。なんか得した気分。
一回ホテルに帰って、朝ご飯を食べてから次の観光に。
二〇〇八年 十二月 二十八日(日)
2008 世界遺産の旅 プノンバケンの夕日
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平坦なシェムリアップだけど、丘程度の山がある。
その上に立つプノンバケンは夕日スポットなので、夕方になると皆がよじ上る。
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うまく写真に撮れなかったけど、かなりな傾斜。私の嫌いなタイプの階段。
このラッシュな感じが嫌だなあ。本当に人が多い。
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夕日の中、飛行機が飛んでいる。
見ての通り、お天気が悪くてなかなか太陽が見えない。
お情け程度に、夕日が沈むギリギリの地平線辺りは雲が無いので、まあなんとか夕日をみたかな、という感じだった。写真に撮ってみるとドラマティックに見えますが・・・。
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この日はたしか、夕食はホテルで食したのですが・・・。
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レモングラスの入ったサラダだったんだけど・・・いくらなんでも辛すぎた。
味は美味しかったから、根性で食べたんだけど・・・胃が焼ける音がしそうなくらい辛かった。
味付けと辛みが分離した、薄味でおいしい味なのに、なのに、単純な辛みのみがガツーンと胃に伸しかかるような辛さ。今思い出してもあの辛みは普通に食べる唐辛子ではなく、青唐辛子っぽい感じだったと思う。うまく説明できない。
あ、でも生で食べるレモングラスが美味しいということがわかった。うちにも生えているので、今年若いうちに収穫して喰ってみよう。
2008 世界遺産の旅 アンコールワット2
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ずいぶん間が開いてしまったが、アンコールワットは続く。
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よく見えないけど、日本人の落書き。
っつーても、ちょい前に話題になった日本人の学生がするよーなものではない。
江戸時代に日本人がアンコールワットをインドの寺院だと勘違いして書いたもの。
落書きでも時代を経ると遺跡になるということね。
以前エジプトに武士が行って記念撮影した、という話を聞いたときにも思ったけど、鎖国していたわりにはいろんなとこ行ってるな、日本人・・・。
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もう、アンコールワットはかなり痛んでいて、中心部には入れなくなっている。
修復もするけど、それよりも崩れていく方が早いらしい。酸性雨とか異常気象とか、影響しているみたいだ。
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この乳海撹拌図も現在修復中なので、同寸の看板になっていた。なんとなく萎える。
乳海撹拌は他の遺跡にも見られるモチーフの一つ。乳海を蛇をロープに神とアスラが混ぜ混ぜして作る不老不死の薬アムリタ。
神様のくせに、アスラ側に出現したアムリタを卑怯にも奪うっつー、結構なお話(違うか?)
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アンコールワットの城壁に刻まれたアバター(女神像)
沢山ある中の一つだけど、腕組んでいて仲良しさんな二人。
全部違う服装や髪型、ポーズをとっているらしい。そして全部は完成していないらしい。
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近くに観光用の気球を飛ばしているところがある。おかげで、平坦なシェムリアップでは大抵のところからアンコールワットの方角だけはよくわかる。
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見返りアンコールワット。はっきりいって、半日じゃあ見尽くせない。
壁画とか本当にひとつひとつ違うし、しっかりインド仏教の勉強してから来ればもっと話が分かってよかったかもしれない。
私たちが結構細かく聞くので、キムホンさんも色々と教えてくれるけど、足りないなー。私日本史選択だしなー(T先生は世界史選択・・・)
本当はもう一日観光できたらよかったのになあ。言ってもしょうがないけどね。
2008 世界遺産の旅 アンコールワット
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この旅ではご飯は全てツアーに含まれている。
この日のお昼ご飯は小綺麗なアジアンメシ屋さん、といった感じの観光客向けのレストラン。
しかし写真はない。緊張して撮れなかった(笑)
ご飯の皿とおかずが5種類くらい出てきて、一緒に食べるスタイルだったのだが、前回のバリで私がだいだいだいだい大好物になった喰う震災・・・じゃなくて空芯菜が出てきた!!
ぎゃ〜ここで会ったが4年目じゃっとガツガツ喰らう。うんまい。オイスターソースっぽい味の炒め物だった。
他にもなすの味噌炒め煮っぽいのとかナマズっぽい魚のココナッツカレーっぽいものとかあった。どれも味付けが日本人に違和感の無いものだったなあ。まあ日本人がアジアンな味に慣れているというのもあるかもしれないけど、基本的に醤油っぽい味のものが多い。
私がここで頼んだスイカジュースがすんごいおいしくて、あとあと考えるに、この昼ご飯が旅行中で一番美味しいご飯だったように思える。
このご飯の後に休憩時間が1時間くらい。
その後アンコールワットへ。
正面から見ると、まだ尖塔が見えない。そういう風に計算されているんだそうな。
近づくにつれ気がつくけど、人が多いよ〜
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ここのナーガーは欄干に乗っている。大分くずれたらしく修復の痕跡多し。
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手前に睡蓮の池があって、その池に塔の姿が映るように、これも計算済み。
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修学旅行の京都&奈良のように、人がモリモリと湧いてくる〜
とにかくここはラッシュアワーの駅構内のようにたくさんの人がいた。
上の写真の回廊部分には、ラーマーヤナという物語が彫り込まれている。
ラーマーヤナというのは、ラーマ王子の物語。詳しくはこちらを参照
簡単にいうと桃太郎的なヒンズー教の物語。
主にはシータ姫を助けにいくラーマ王子(お猿のお供付き)の魔王退治物語といったところかな。
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王子とお供の弟&なぜか魔王の弟。
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お猿の軍隊。お猿は兄弟で権力争いをしていて、ラーマ王子の手伝いをしてそのかわりに兄猿を殺す手伝いをしてもらうのだ。
疲れてきたので分ける。
それにしてもT先生
私「んじゃ私スイカジュース頼む」
T「私もそれがいいけど・・・まあ違うの頼むか。
じゃあ私はこのうおーたーめろんっていうの」
私「・・・それスイカなのですが・・・」
本当に英語苦手なのね(笑)
結局パインジュースを頼んでました。
2008 世界遺産の旅 バコン
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バコンはプリアコーとロレイの間くらいの時代のもの。一番大きい規模のもので、神を祭った寺院。
この手のひらみたいなものはナーガーという頭が7つある蛇。
「「ヤマタノオロチ?」」二人ともその神話の地に暮らしているためにすぐにそういう発言が。
キムホンさんも知っていた八岐大蛇。でもこの7つの頭は一週間の曜日を表しているとか。真ん中の大きい頭が日曜日だということでした。ナーガーはよく橋や道の欄干に使われているんだけど、ここのナーガーは地面を這っていて珍しいとのこと。
ピラミッド型の遺跡では最も古いそう。
一日目午前中やっと終わり・・・はあはあ。
2008 世界遺産の旅 ロレイ、プリアコー
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カンボジアは熱帯に属するので、昼間はとても暑い。そのため、観光も午前午後を分けて、昼はホテルに帰って休息をとるようになっている。
初日の観光はアンコールワットよりもさらに前の遺跡群、ロレイ、プリアコー、バコンの3つを回ることになっている。
まず最初にアンコールワットの近くにある観光センター的なところに行って、3日間の観光パスを作ってもらう。ここもまたCCDカメラで写真を撮られて、あっというまに観光パスが出来上がる。
これってなにかあったときに遺跡に来たかどうかチェックするためもあるかもしれない、と。
あとでキムホンさんに教えてもらったのだが、遺跡は数が多いために盗掘も多く、うっかり管理できないのに周囲を整備してしまうと(地雷撤去とか)、盗掘されやすくなってしまうのだそうだ。
だから、資金や人のめどが立つまでは、そこにあるのがわかっていても放っておくらしい。
地雷が遺跡を守っているんだな・・・うーん。
最初に訪れたのはロレイ遺跡。
ヤショーヴァルマン一世によって893年頃建造されたヒンズー教の寺院。以前は周囲を貯水池に覆われていたそうだ。土がさらさらしていて赤い。
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この辺りは王によって信仰する宗教が違う。ヒンズー教と仏教、遺跡によっても祀られている宗教が違うので、仏像や様式が違うようだ。
ヒンズー教の象徴的なものとしてリンガという灯籠のようなものがあったが(写真撮り忘れた)これは要するにアレで(笑)キムホンさんはズバリ「男○器」とおっしゃったが、空に向かって尖った形の石を4つの建物の中央に配置し、その上に聖水を注ぐと四方に流れるようになっている。要するに雨乞いの儀式になるのだろうという話だった。
そういえば昔なにかの料理雑誌で、男性シェフは高く上に積み上げたものを作る傾向があると書いてあったなあ・・・ゲフゲフ。
それとは別に女神像や王の石像やレリーフがあって、これは宗教関係なしみたい。
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次はプリアコー
プリアコーは聖なる牛という意味。
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思わず天神さんの牛を思い出すなあ。
プリアコーは王の両親や祖先を祀ったものです。これもヒンズー教のもの。
この辺りで一番古い時代のものらしい。かなり崩れ始めている。きちんとレンガになっているところは修復されたところ。白いのはもともと作られたままのもの。
こういうレリーフとかは、一度強い石(ラテライト・赤くて多孔質の石)で積み上げた上に、砂岩という柔らかい石(白い石)で表面を覆ったところに彫刻したものだそうだ。古いところは砂岩から崩れたりはがれたりしてしまうようだ。
大抵の遺跡はいつもどこかを修復している最中で、ここも中央の祠堂は立ち入り禁止、っつーか、入り口が崩れかけて補強してあった。
2008 世界遺産の旅 シェムリアップ到着
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T先生は海外旅行初心者。関空の出国もビビリまくり。日本人なのに〜
ましてシェムリアップのカンボジア人の係員にビビりまくっておりました。
国境の情勢によっては、空港で外国人は写真を撮られるという話だったが、今回も係員のところに小型のCCDカメラがあって、全員写真を撮られていました。
おじさん(?)の係員でしたが、なにも聞かれること無く無事に入国手続き終了です。びびらんでもいいってば(笑)
先に私が入国審査を通って出て行くと、丁度スーツケースが出てきたのですんなり通過。あとはガイドさんと合流するだけだ。
旅行会社の横田さん(仮)の話では、グリーンの紙を持って待っているとのことだったのだが・・・
持っていたのは思いっきり「Kヤマ、Tウチさま」と書かれた紙でした(名前出さないって話だったのに〜)
ガイドさんは中国系のキムホンさんという女性でした。日本語はかなり上手だと思う。
色々と雑談をしつつ、バンに乗ってホテルへ直行。簡単な明日からの日程や、注意をお話ししてもらい本日は終了。チェックインして、ほっと一息。
出発前に全く観光についての相談をしていなかった私たち、が、T先生がここでいきなり影絵が見たいと言い出す。キムホンさんがいる間に言いなさいや。
しかしキムホンさんと別れた後で、連絡先を聞きそびれていたので、仕方なく現地の旅行会社に連絡してみる。日本人の係員の方に対応してもらえて、夜に影絵を見られることに。
夕食はホテルで軽食が用意されていた。が。
全然軽くありません(笑)肉肉しい軽食だなあ。
サンドイッチは多分ナンプラー系の調味料の味でエスニックテイスト。
肉もスパイシーでおいしかったけど、時間がなくてガツガツ喰った。
呼び出されて来てくれたキムホンさん苦笑い。早く言ってよね、というところだろう。
影絵は観光客向けのレストランで食事抜きで10ドル。もちろん言葉は全然わからないので、話も全然わかりません(笑)
後で聞いたところ、子ども達は戦災の孤児で、ああやって寄付やお金を稼いで暮らしているらしい。うう(涙)
入り口で障害者の物乞いの人もいたし・・・やはりカンボジアはまだ戦争の爪痕が濃いようです。
テレビは衛生チャンネルも入っていて、なぜかパイレーツオブカリビアンだのタイタニックだのが放映されていた。それを見ながら就寝。
T先生は、話しかけたらもう寝ていた。寝付きよすぎです。
二〇〇八年 十二月 二十七日(土)
2008 世界遺産の旅 関空→ホーチミン→シェムリアップ
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ベトナム航空なのでスッチーさんもそれっぽい人ばかり。
ただし乗客は日本人多し。
飛行機はほぼ日本の国内線程度の3×3列のぎちぎち感ある座席でした。モニターとかないし。映画とか流さないし。前回バリの時は、キャシャーンを見てつまらなかった覚えがあるのだが・・・。
飲み物はスパークリングワインを選択。辛口でうまい。昼間っから酒をかっくらう、これが海外旅行の醍醐味だと思う(違う)
そういえば、空港で時間が半端だったので朝食兼昼食としてうどん定食を食べてしまった私たち。
当然ながら機内食が出てくるが今イチ食欲がわかない。たしか蕎麦付きのアヤシい和食だったような・・・覚えてない。
通路の真ん中の3人がけの座席だったのだが、私の左に座っていたおばちゃま(ビック)は、スパークリングワインだのビールだのコーラだのジュースだの、甘くて炭酸の飲み物をやたらオーダーしたあげく、トイレに何度も行っていた。私たちはまったくトイレに行かなかった。まあ3時間くらいだからね。
ホーチミン空港に到着、ここで約1時間ほど飛行機を待たなくてはいけない。
ホーチミン空港は、結構綺麗で広い。ブランドショップなどもあるので、暇々にひやかしに入ってみる。
と、エ○メスに入ったとき、奥の方に子ども用品とペットコーナーを発見したので、なにげに覗いてみると、ありえない金額だ・・・(笑)
ペットの首輪にウン十万円だの、正気の沙汰とは思えないのだが、私たちの感覚でどうしても許せないものを発見する。
それは赤ちゃんのよだれかけ。
素晴らしく品の良い生成り色のリネン製、お値段はたしか8千円くらいだったような・・・。
金額的にないのはもちろん、品の良い生成り色のリネンはペランペランで向こうが透けるような薄さで、そもそもよだれかけとしての目的を果たせるかどうか・・・。3枚重ねでも駄目ではないかというもの。
そういった本来の目的を果たせない、そもそもどういう時にコレを着用するのか?と思うようなものにはっせんえん・・・ありえない。まだ首輪は用途としては全うできるだろうし、きっと上質の革でできているだろうし(笑)
まま、そんなことを言い合いつつ、待ち合いに座っているが・・・予定時刻になってもなーんにも案内がナイ。包装に耳を傾けるが、ベトナム語わからんし、飛行機の便名も違うようだ。
結局10分以上遅れて案内があり、やっと飛行機に乗った。
シェムリアップへ向かう飛行機は、国際便とはいえさらに小さい。座席も3×3
フライト時間もまた1時間くらいなので、乗るとすぐにいきなり紙の箱に入った謎のサンドとプラカップに入った水のセットを渡される。機内サービスは以上です〜
シェムリアップ空港は、思ったよりも新しく(最近立て替えたらしい)降りると外を歩かされる。石垣空港とかこんな感じだ。
そしていよいよ、T先生の恐れる入国審査だ(笑)
2008 世界遺産の旅 プロローグ2
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まだ終わらない行くまでの話。
準備はさくさく進みましたが、やはりT先生がおもろい。
そのころは年末でばたばたしていたので、私もぎりぎり準備をする。同時にT先生も一年で一番忙しい時期を迎えてばたばた。当然二人で旅行について話をする余裕はない。
それでも海外旅行初めてのT先生は、色々不安らしく尋ねてくる。が。
私も2回目なんで変わらないですけど〜(笑)
旅行は2人ツアーで、現地のガイドさんと車が専用で付くもの。ガイドブックを見ると、地雷のことやガイドやホテルのトラブルについてこわーいことが書かれていて、海外初心者の二人には金額よりも安全が大切だよね、と。
ホテルは高級ホテルではないけど中の上で、食事もなにもかもがっつり組み込まれている。選択の余地なし!でも余裕のない二人には良かったと思う。あとでしみじみ実感した。
気になるのは、日本から直行便がないので、ベトナム航空のホーチミン行きでトランジット、その後は小さい飛行機でアンコールワットの最寄りのシェムリアップという都市までのフライトになる。
ベトナム航空かあ・・・そこはかとなーく不安がよぎる(もちろんT先生が(笑)
そして出発前の最大の不安が!
旅行出発直前にタイで空港占拠事件が発生!
実はカンボジアに入る方法はこのタイ経由とベトナム経由の二つなのだ。たしかJ○Bはタイ経由だったような。あぶないあぶない。横田さん(仮名)によると心配ないとのこと。はあ、よかった。
そして忙しすぎたT先生はこのニュースをよく知らなかったらしく、特に心配になっていなかった。あーよかったよかった(笑)
実は旅行日程は飛行機の都合で仕事納めの26日の翌日27日関空11時発。
田舎住まいの私たちが関空に集合時間の9時ごろに到着するためには、前泊するか、夜行バスかしかない。
今回は長距離バスを苦にしない二人だったので、迷わず26日10:30発の大阪行きのバスに乗ることに。そして帰りも長距離バスに乗ると・・・なんと31日18:00には帰宅できちゃうという日程(笑)スゴいぞ私たち!
本当はせめて出発まで1〜2日くらいゆとりが欲しかったし、もう一日くらい日程が欲しかったんだが、飛行機が年を越すと取れなくなってしまうので仕方ない。
まあ、いっそそのくらいギリギリ日程の方が、T先生の思い切りもよかったかもしれない。たとえ出発が27日になったとしても、きっと彼女はぎりぎりまで仕事しちゃうから意味ないし。もちろん当日も残業してから出発していたし。ホーカーホーリックですな。
彼女と一緒のチームの人たちにも、よーくざぶざぶ命の洗濯して返すからね!と言っておいた。
さあいよいよ出発、と高速バスに乗り込む、その時だった。
運転手さんが絶望的に言った。「もうトランクルーム一杯だよ!そんなに入らんよ〜」
やはり年末年始にかけて皆様大移動らしく、トランクルームにはギュウギュウに鞄やスーツケースが入っている。仕方なく、運転手さんと一緒に詰め込み直す。ほぼ立体パズルだった。
しかしなんとか全ての荷物を積み終えることができた。あーびっくりした。
二人ともグーグー寝て梅田に到着。T先生即落ち。空港バスに乗り換え(T先生「今度も荷物はいらなかったらどうしよう」いえ、大丈夫でした)関西空港へ。
関空では特に問題はなかった。
そういえば、カンボジアの通貨はリエル。しかし、ほぼ旅行者はドルで支払うらしい(1ドル=4000リエルくらい)インフレ気味なのと、日本ではリエルは換金できない。
私が出発前に換金したのは二人分で100ドルほど。なんかよくわからなかったので、慌てて換えたけど、やっぱり不足のような気がして空港でもう50ドル換金。思えばもうちょっと多くてもよかったかもしれない。帰りの空港使用料が不足だった。今回は食事や観光に使うお金がほぼ旅行代金に含まれているので、支払うのは飲み物代とチップ少々とお土産代くらい。空港使用料が25ドルだったのでだいたい一人一万円あればおつりがくる。やはり物価が安いんだな。
飛行機に乗るためのチケットは空港で代理店から受け取ることになっていた。
代理店に行くと、ふつうのA4用紙を渡される。なんとこれがEチケットというもので、コレを見せると航空会社が飛行機のチケットをくれる。うーん、なんだか頼りない。普通のコピー用紙だもの。ちょっと行かない間に時代は変わるなー(笑)
飛行機のチケットを受け取る間に、順番待ちの前の家族が多分お母さんベトナム人+お父さん日本人+
子ども+おじいさん(お母さんの父親)という構成だったのだが、お母さんシーンズの短パンにタイツ履き。そのタイツが次に待ち合いで会った時に変わっていたことに、T先生こだわる(笑)
さらにこの家族の中でお父さんの地位が・・・低い(笑)
子どもをあやすのも(しかし4ヶ月くらいの子どもにベビーカーに乗せたままで哺乳瓶は加えられないよ、怖い)荷物もお父さん・・・飛行機の中でもお父さんずっと泣く子どもをあやしていた(涙)
というわけで、いよいよアンコールワットに向かって出発します!!
2008 世界遺産の旅 プロローグ
[旅日記] | [2008アンコールワット]
私の職場にいるT先生はもともと保育士さん。
とてーも真面目な人だ。
私の表現としては「石橋を角から角までずずずいっと叩いて渡った後に『渡ってもよかったんだろうか』と悩む人」(笑)
同い年なので、保育所にいる時代から結構親しくしてもらっていたかな。
3年前にウチの課に異動してきた。最初はガクブルだったけど、最近は慣れてきたね。
多分飲み会の席かなんかで、「旅行行こうよ」的な話をしたんだと思う。
二人とも、この職場から異動したら長い旅行に行きにくくなるし。
現に私は海外旅行1回、T先生は初めて。
夏の終わり頃にその話が盛上がってきた。
「どこに行きたい?」「リゾートとかでなくって、遺跡とか珍しいものを見たいよね」「どっちかっちゅうとアジア系?」「そうそう」「例えば」「マチュピチュとか」「カッパドキア!」「アンコールワット!」「あ、行きたい!」「「アンコールワット行こう!!」」
というわけで、アンコールワットに行くことになったのでした。
しかし、そんなに事は簡単に進まなかったのだな。
一つは、行く時期が今年の年末年始の9連休になった事。やはり二人とも今の職場でも長くは休みにくく、それなら家族を犠牲に年末年始に行こうという事になった。
そのパンフを見て私が「たっかいね〜〜」と言ったことが、T先生の不安を誘ってしまったらしい。
『Kさん、行くの嫌になったのかな・・・(しょんぼり)』
もちろん、私はただ単にケチなだけで(笑)独身貴族なので一人暮らしのT先生よりは金がある。年末年始の相場を知らなかっただけなんだってば。悪気はないのよ、悪気は。
その誤解が解けるまで、T先生は人知れず悩んだらしい(笑)『嫌がっているKさんを誘っていいのかなー』って。ごめん、マジで可笑しい。本人大真面目ですがね。
それは10月にT先生の係からやはり同い年のMさんが異動になった事。
Mさんはムードメーカー&仕事のできる人だったので、T先生はとても不安になってしまった。
そのせいで精神的余裕がなくなり、私が旅行の話を持ち出せないオーラを放つようになってしまった・・・。休日に不安にかられ私にメールをしてきたこともあった。お好み焼き食べて一緒に映画(おくりびと←いっそ落ちるとこまで暗くなるか!的選択だ)見たときのことだ。
しかし時間的にもリミットなので、10月終わりごろ、旅行代理店に言って相談してみる。
が、案の定「すいません、10人待ちですけど・・・」
しかしこの時点で二人とも、他に目的地を変更できないくらいアンコールワットに行きたくなってしまっていたのだった。
しぶしぶ、最初の会話であがっていたマチュピチュやカッパドキアを見るも、僻地すぎて長い&高い。しかも旅行日程がありえない(飛行機から降りてすぐバスで4時間とか・・・殺人的)
そんななか、カッパドキア8日間、移動もそこまで殺人的でないツアーを発見!
「金額は・・・」「・・・・・・お、おひとりさま、ろ、ろくじゅうごまんえんなり〜〜〜」
いったいどんな人が行くのかと、喫茶店でしばし二人とも悶絶(笑)ありえないってば。
まあ、これがヨーロッパとかならあるんだろうけど・・・この金額を出せる人はそんな体力があるのだろうか。二人で、体力があるうちにこの金額を出してもいいと思える日が来たら、二人で行きましょうと誓い合う(ウソ)
いちかばちか、J○Bで駄目なら日○旅○へ行ってみようと言うことになった。
窓口には、どこかで見たことあるようなおじさんが対応してくれた。この人は後日私によって似ている人物が思い出される。「わかった、横○め○みさんのお父さんだ」らちひがいしゃかぞくかいの前代表(だっけ?)もうちょい若くした感じ。丁寧で良い人だった。
そして横田さん(仮名)の口から思いがけない言葉が。
『あ、多分行けますよ。どのコースが良いですか?』
なーんと、あっさりとGOサインが出てしまった。
数日後、飛行機の確認もとれ、アンコールワット4泊5日の旅が決定したのだった。
・・・プロローグ長すぎるな。しかしまだあるぞ、T先生話が(笑)