二〇一〇年 十二月 二十三日(木)天皇誕生日

600journey京都→○○・・・

[旅日記]

さて、京都では着付けの鞠小路スタイルさんとやゝ游風さんのイベント「わたしいろみつけた」に参加。

これは、鞠小路さんに着付けのレッスンと一緒にカラー診断をお願いしたところ、
「その日は時間がとれないが、ちょうどこのイベントがあるのでそちらに参加してみては」と教えていただいたもの。
今回は、カラー診断の性格的な面についての講習だった。
私は多分春。チェックで極端に春じゃあなかったけど、内容を聞くとどう考えても春。
明確に4つに別れるわけではない、と先生には言われたけれど、説明を聞いた限りでは私にぼかしの着物や大正ロマンの着物が似合わない訳が判ったような気がする。
そうか、色の問題ではなくこれはもう性格的なものだったのか・・・。少なくとも、これはもう似合わないからとあきらめがついたような気がした。
また時間のある時に今度は顔写りの方の診断をお願いしよう。

さて、翌日私が向かった先は・・・

ここは・・・福岡!!!
(このおつかいと思しき力士の持っている袋はミスド。でかい袋初めて見たよ)
今ちょうど大相撲の九州場所が初日を迎えた博多の街に。
相撲を見に来た訳ではなく、そのとなりの

こちらのホールで開催された某OTさんのコンサートに行ったのです。
こちらも初日だったもんで、ステージ上で四股ふんだり、開演前に見に行ったネタを話したり、相撲からなかなか離れなかった(笑)
OTさん曰く
「相撲すごいみんな強いよ」「見に行った方がいいよ」「相撲に行かずにこっちに来てくれてありがとう」「でも空いていたから明日から見に行ったら」
さらに途中で
「しかしこれで白鵬負けたらだれも行かなくなるよ」
など言っていたその翌日、本当に白鵬負けた・・・・・・
あ、もちろんライブはとてもよかった。
あまり聞かなかった時期の曲がたくさんあり、驚くことに最新アルバムから3曲しかやらなかったおいう・・・なんて期待をはずす人なんだ!
でも、新たに発見した好きな曲もあったのでよかったけどね。

しかし私の移動距離スゴいな・・・。しかもこの日夜行バスに乗って帰って月曜から仕事したんだ私。すごいな私。頑張れ ア ラ フォ ー!!

二〇一〇年 十一月 十八日(木)

600journey奈良→京都→・・・

[旅日記]

今年の出張は奈良。
しかし、直前で大人の事情により、出張中止・・・。
えーん、いいもんいいもん、普通に遊びに行ってやる!
ということで、金曜午後有給をとりやってきました奈良。
ちょうど興福寺の特別拝観があるのでそちらに出かける。


どうも前々日までは正倉院展で奈良全体がすごい人だったようで、ピークをすぎていたのでそこまでの人出はなく、阿修羅をはじめとした展示物もじっくり拝見。教科書に載っていたよね?な阿弥陀如来像なども美しい。


東金堂では、普段は見られない裏側に50年振りにその場所に置かれた何とか像(名前忘れた)や、裏面に描かれた壁画などを見せていただく。ここにいた案内の兄ちゃんの説明の口調が舌足らずでおかしい。他の観光客のお姉さんもひそひそ。


この中も一階だけだけど入れました。


この工事のために、今年は阿修羅は巡業の旅に出ていたらしい。
10年ちかく掛かるんだなあ・・・。

今、奈良と言えば・・・

この人がアツいらしい・・・このカプチーノ・・・
お友達に頼まれていたので、いくつかグッズを購入。

ぬいぐるみを、というご所望だったけれど、安くてキモいだっこちゃん風のコレを発見。写メって本人の了解を得た。しかし、キモいな。
しかし、人気がありすぎてお疲れらしいな(笑)

そして京都へ・・・

二〇〇八年 十二月 二十九日(月)

606angkor2008 世界遺産の旅 アンコールワットの朝

[旅日記] | [2008アンコールワット]

モーニンモーニン。朝です。
早起きして、アンコールワットの朝日を見ます。

・・・しかし昨日天気がよくなかったので朝日は大丈夫なのか?
この時にはわかっていなかったが、この旅天気が順調でなくて当然だという要因があったのだ。

起きると真っ暗。なにせ4時30分起床だから。朝日が6時くらいだということなので、集合は5時前だし。
車で真っ暗なシェムリアップの街を走る。ほとんど街灯はないこの街。あるのは万博が行われた会場と街を結ぶ真っ直ぐな道のみ。
アンコールワットにはすでにうじゃらうじゃらと人がいた。
皆城壁に腰掛けて、アンコールワットの向こうから朝日が昇るのをひたすら待つ。

ご多分に漏れず、秋分の日、春分の日にはアンコールワットの中央の塔のところから朝日が昇る。
今は冬至すぎだからかなり右側から日が昇るらしいけど・・・



この程度の朝日でした・・・。

あ、でも一つ良い事が!
昨日の観光では見られなかった、「芸能人は歯が命」が見られた!


ここをほぼ独占状態で見られた!
昨日の観光ルートでは通らなかった門の近くにあったみたい。でも大抵ここは沢山の人が来てみるので、近くでまじまじと見られるのはラッキーだそうだ。なんか得した気分。
一回ホテルに帰って、朝ご飯を食べてから次の観光に。

二〇〇八年 十二月 二十八日(日)

606angkor2008 世界遺産の旅 プノンバケンの夕日

[旅日記] | [2008アンコールワット]

平坦なシェムリアップだけど、丘程度の山がある。
その上に立つプノンバケンは夕日スポットなので、夕方になると皆がよじ上る。

うまく写真に撮れなかったけど、かなりな傾斜。私の嫌いなタイプの階段。
このラッシュな感じが嫌だなあ。本当に人が多い。


夕日の中、飛行機が飛んでいる。
見ての通り、お天気が悪くてなかなか太陽が見えない。
お情け程度に、夕日が沈むギリギリの地平線辺りは雲が無いので、まあなんとか夕日をみたかな、という感じだった。写真に撮ってみるとドラマティックに見えますが・・・。

本当はこの程度の視界でした。

この日はたしか、夕食はホテルで食したのですが・・・。

レモングラスの入ったサラダだったんだけど・・・いくらなんでも辛すぎた。
味は美味しかったから、根性で食べたんだけど・・・胃が焼ける音がしそうなくらい辛かった。
味付けと辛みが分離した、薄味でおいしい味なのに、なのに、単純な辛みのみがガツーンと胃に伸しかかるような辛さ。今思い出してもあの辛みは普通に食べる唐辛子ではなく、青唐辛子っぽい感じだったと思う。うまく説明できない。
あ、でも生で食べるレモングラスが美味しいということがわかった。うちにも生えているので、今年若いうちに収穫して喰ってみよう。

606angkor2008 世界遺産の旅 アンコールワット2

[旅日記] | [2008アンコールワット]

ずいぶん間が開いてしまったが、アンコールワットは続く。

よく見えないけど、日本人の落書き。
っつーても、ちょい前に話題になった日本人の学生がするよーなものではない。
江戸時代に日本人がアンコールワットをインドの寺院だと勘違いして書いたもの。
落書きでも時代を経ると遺跡になるということね。
以前エジプトに武士が行って記念撮影した、という話を聞いたときにも思ったけど、鎖国していたわりにはいろんなとこ行ってるな、日本人・・・。


もう、アンコールワットはかなり痛んでいて、中心部には入れなくなっている。
修復もするけど、それよりも崩れていく方が早いらしい。酸性雨とか異常気象とか、影響しているみたいだ。


この乳海撹拌図も現在修復中なので、同寸の看板になっていた。なんとなく萎える。
乳海撹拌は他の遺跡にも見られるモチーフの一つ。乳海を蛇をロープに神とアスラが混ぜ混ぜして作る不老不死の薬アムリタ。
神様のくせに、アスラ側に出現したアムリタを卑怯にも奪うっつー、結構なお話(違うか?)


アンコールワットの城壁に刻まれたアバター(女神像)
沢山ある中の一つだけど、腕組んでいて仲良しさんな二人。
全部違う服装や髪型、ポーズをとっているらしい。そして全部は完成していないらしい。


近くに観光用の気球を飛ばしているところがある。おかげで、平坦なシェムリアップでは大抵のところからアンコールワットの方角だけはよくわかる。


見返りアンコールワット。はっきりいって、半日じゃあ見尽くせない。
壁画とか本当にひとつひとつ違うし、しっかりインド仏教の勉強してから来ればもっと話が分かってよかったかもしれない。
私たちが結構細かく聞くので、キムホンさんも色々と教えてくれるけど、足りないなー。私日本史選択だしなー(T先生は世界史選択・・・)
本当はもう一日観光できたらよかったのになあ。言ってもしょうがないけどね。

606angkor2008 世界遺産の旅 アンコールワット

[旅日記] | [2008アンコールワット]

この旅ではご飯は全てツアーに含まれている。
この日のお昼ご飯は小綺麗なアジアンメシ屋さん、といった感じの観光客向けのレストラン。
しかし写真はない。緊張して撮れなかった(笑)
ご飯の皿とおかずが5種類くらい出てきて、一緒に食べるスタイルだったのだが、前回のバリで私がだいだいだいだい大好物になった喰う震災・・・じゃなくて空芯菜が出てきた!!
ぎゃ〜ここで会ったが4年目じゃっとガツガツ喰らう。うんまい。オイスターソースっぽい味の炒め物だった。
他にもなすの味噌炒め煮っぽいのとかナマズっぽい魚のココナッツカレーっぽいものとかあった。どれも味付けが日本人に違和感の無いものだったなあ。まあ日本人がアジアンな味に慣れているというのもあるかもしれないけど、基本的に醤油っぽい味のものが多い。
私がここで頼んだスイカジュースがすんごいおいしくて、あとあと考えるに、この昼ご飯が旅行中で一番美味しいご飯だったように思える。

このご飯の後に休憩時間が1時間くらい。
その後アンコールワットへ。

正面から見ると、まだ尖塔が見えない。そういう風に計算されているんだそうな。
近づくにつれ気がつくけど、人が多いよ〜


ここのナーガーは欄干に乗っている。大分くずれたらしく修復の痕跡多し。

手前に睡蓮の池があって、その池に塔の姿が映るように、これも計算済み。

修学旅行の京都&奈良のように、人がモリモリと湧いてくる〜
とにかくここはラッシュアワーの駅構内のようにたくさんの人がいた。

上の写真の回廊部分には、ラーマーヤナという物語が彫り込まれている。
ラーマーヤナというのは、ラーマ王子の物語。詳しくはこちらを参照
簡単にいうと桃太郎的なヒンズー教の物語。
主にはシータ姫を助けにいくラーマ王子(お猿のお供付き)の魔王退治物語といったところかな。

王子とお供の弟&なぜか魔王の弟。

お猿の軍隊。お猿は兄弟で権力争いをしていて、ラーマ王子の手伝いをしてそのかわりに兄猿を殺す手伝いをしてもらうのだ。


こちら魔王です。

疲れてきたので分ける。

それにしてもT先生

私「んじゃ私スイカジュース頼む」
T「私もそれがいいけど・・・まあ違うの頼むか。
  じゃあ私はこのうおーたーめろんっていうの」
私「・・・それスイカなのですが・・・」

本当に英語苦手なのね(笑)
結局パインジュースを頼んでました。

606angkor2008 世界遺産の旅 バコン

[旅日記] | [2008アンコールワット]

バコンです。
  

バコンはプリアコーとロレイの間くらいの時代のもの。一番大きい規模のもので、神を祭った寺院。
この手のひらみたいなものはナーガーという頭が7つある蛇。
「「ヤマタノオロチ?」」二人ともその神話の地に暮らしているためにすぐにそういう発言が。
キムホンさんも知っていた八岐大蛇。でもこの7つの頭は一週間の曜日を表しているとか。真ん中の大きい頭が日曜日だということでした。ナーガーはよく橋や道の欄干に使われているんだけど、ここのナーガーは地面を這っていて珍しいとのこと。

  
中央入り口の門のところから塔が丁度見えるようになっている。


ぞうさん、ぞうさん。

  

ピラミッド型の遺跡では最も古いそう。

上の方には女神像もまだ残っている。
  

一日目午前中やっと終わり・・・はあはあ。

606angkor2008 世界遺産の旅 ロレイ、プリアコー

[旅日記] | [2008アンコールワット]

カンボジアは熱帯に属するので、昼間はとても暑い。そのため、観光も午前午後を分けて、昼はホテルに帰って休息をとるようになっている。

初日の観光はアンコールワットよりもさらに前の遺跡群、ロレイ、プリアコー、バコンの3つを回ることになっている。
まず最初にアンコールワットの近くにある観光センター的なところに行って、3日間の観光パスを作ってもらう。ここもまたCCDカメラで写真を撮られて、あっというまに観光パスが出来上がる。
これってなにかあったときに遺跡に来たかどうかチェックするためもあるかもしれない、と。
あとでキムホンさんに教えてもらったのだが、遺跡は数が多いために盗掘も多く、うっかり管理できないのに周囲を整備してしまうと(地雷撤去とか)、盗掘されやすくなってしまうのだそうだ。
だから、資金や人のめどが立つまでは、そこにあるのがわかっていても放っておくらしい。
地雷が遺跡を守っているんだな・・・うーん。

最初に訪れたのはロレイ遺跡。
ヤショーヴァルマン一世によって893年頃建造されたヒンズー教の寺院。以前は周囲を貯水池に覆われていたそうだ。土がさらさらしていて赤い。

この辺りは王によって信仰する宗教が違う。ヒンズー教と仏教、遺跡によっても祀られている宗教が違うので、仏像や様式が違うようだ。
ヒンズー教の象徴的なものとしてリンガという灯籠のようなものがあったが(写真撮り忘れた)これは要するにアレで(笑)キムホンさんはズバリ「男○器」とおっしゃったが、空に向かって尖った形の石を4つの建物の中央に配置し、その上に聖水を注ぐと四方に流れるようになっている。要するに雨乞いの儀式になるのだろうという話だった。

そういえば昔なにかの料理雑誌で、男性シェフは高く上に積み上げたものを作る傾向があると書いてあったなあ・・・ゲフゲフ。

それとは別に女神像や王の石像やレリーフがあって、これは宗教関係なしみたい。
   


次はプリアコー

プリアコーは聖なる牛という意味。

思わず天神さんの牛を思い出すなあ。

 

プリアコーは王の両親や祖先を祀ったものです。これもヒンズー教のもの。
この辺りで一番古い時代のものらしい。かなり崩れ始めている。きちんとレンガになっているところは修復されたところ。白いのはもともと作られたままのもの。

  

こういうレリーフとかは、一度強い石(ラテライト・赤くて多孔質の石)で積み上げた上に、砂岩という柔らかい石(白い石)で表面を覆ったところに彫刻したものだそうだ。古いところは砂岩から崩れたりはがれたりしてしまうようだ。
大抵の遺跡はいつもどこかを修復している最中で、ここも中央の祠堂は立ち入り禁止、っつーか、入り口が崩れかけて補強してあった。

606angkor2008 世界遺産の旅 シェムリアップ到着

[旅日記] | [2008アンコールワット]

T先生は海外旅行初心者。関空の出国もビビリまくり。日本人なのに〜
ましてシェムリアップのカンボジア人の係員にビビりまくっておりました。
国境の情勢によっては、空港で外国人は写真を撮られるという話だったが、今回も係員のところに小型のCCDカメラがあって、全員写真を撮られていました。
おじさん(?)の係員でしたが、なにも聞かれること無く無事に入国手続き終了です。びびらんでもいいってば(笑)

先に私が入国審査を通って出て行くと、丁度スーツケースが出てきたのですんなり通過。あとはガイドさんと合流するだけだ。
旅行会社の横田さん(仮)の話では、グリーンの紙を持って待っているとのことだったのだが・・・
持っていたのは思いっきり「Kヤマ、Tウチさま」と書かれた紙でした(名前出さないって話だったのに〜)

ガイドさんは中国系のキムホンさんという女性でした。日本語はかなり上手だと思う。

色々と雑談をしつつ、バンに乗ってホテルへ直行。簡単な明日からの日程や、注意をお話ししてもらい本日は終了。チェックインして、ほっと一息。
出発前に全く観光についての相談をしていなかった私たち、が、T先生がここでいきなり影絵が見たいと言い出す。キムホンさんがいる間に言いなさいや。

しかしキムホンさんと別れた後で、連絡先を聞きそびれていたので、仕方なく現地の旅行会社に連絡してみる。日本人の係員の方に対応してもらえて、夜に影絵を見られることに。

夕食はホテルで軽食が用意されていた。が。

全然軽くありません(笑)肉肉しい軽食だなあ。
サンドイッチは多分ナンプラー系の調味料の味でエスニックテイスト。
肉もスパイシーでおいしかったけど、時間がなくてガツガツ喰った。

呼び出されて来てくれたキムホンさん苦笑い。早く言ってよね、というところだろう。
影絵は観光客向けのレストランで食事抜きで10ドル。もちろん言葉は全然わからないので、話も全然わかりません(笑)

後で聞いたところ、子ども達は戦災の孤児で、ああやって寄付やお金を稼いで暮らしているらしい。うう(涙)
入り口で障害者の物乞いの人もいたし・・・やはりカンボジアはまだ戦争の爪痕が濃いようです。

テレビは衛生チャンネルも入っていて、なぜかパイレーツオブカリビアンだのタイタニックだのが放映されていた。それを見ながら就寝。
T先生は、話しかけたらもう寝ていた。寝付きよすぎです。

二〇〇八年 十二月 二十七日(土)

606angkor2008 世界遺産の旅 関空→ホーチミン→シェムリアップ

[旅日記] | [2008アンコールワット]

ベトナム航空なのでスッチーさんもそれっぽい人ばかり。
ただし乗客は日本人多し。
飛行機はほぼ日本の国内線程度の3×3列のぎちぎち感ある座席でした。モニターとかないし。映画とか流さないし。前回バリの時は、キャシャーンを見てつまらなかった覚えがあるのだが・・・。
飲み物はスパークリングワインを選択。辛口でうまい。昼間っから酒をかっくらう、これが海外旅行の醍醐味だと思う(違う)
そういえば、空港で時間が半端だったので朝食兼昼食としてうどん定食を食べてしまった私たち。
当然ながら機内食が出てくるが今イチ食欲がわかない。たしか蕎麦付きのアヤシい和食だったような・・・覚えてない。
通路の真ん中の3人がけの座席だったのだが、私の左に座っていたおばちゃま(ビック)は、スパークリングワインだのビールだのコーラだのジュースだの、甘くて炭酸の飲み物をやたらオーダーしたあげく、トイレに何度も行っていた。私たちはまったくトイレに行かなかった。まあ3時間くらいだからね。

ホーチミン空港に到着、ここで約1時間ほど飛行機を待たなくてはいけない。
ホーチミン空港は、結構綺麗で広い。ブランドショップなどもあるので、暇々にひやかしに入ってみる。
と、エ○メスに入ったとき、奥の方に子ども用品とペットコーナーを発見したので、なにげに覗いてみると、ありえない金額だ・・・(笑)
ペットの首輪にウン十万円だの、正気の沙汰とは思えないのだが、私たちの感覚でどうしても許せないものを発見する。
それは赤ちゃんのよだれかけ。
素晴らしく品の良い生成り色のリネン製、お値段はたしか8千円くらいだったような・・・。
金額的にないのはもちろん、品の良い生成り色のリネンはペランペランで向こうが透けるような薄さで、そもそもよだれかけとしての目的を果たせるかどうか・・・。3枚重ねでも駄目ではないかというもの。
そういった本来の目的を果たせない、そもそもどういう時にコレを着用するのか?と思うようなものにはっせんえん・・・ありえない。まだ首輪は用途としては全うできるだろうし、きっと上質の革でできているだろうし(笑)

まま、そんなことを言い合いつつ、待ち合いに座っているが・・・予定時刻になってもなーんにも案内がナイ。包装に耳を傾けるが、ベトナム語わからんし、飛行機の便名も違うようだ。
結局10分以上遅れて案内があり、やっと飛行機に乗った。

シェムリアップへ向かう飛行機は、国際便とはいえさらに小さい。座席も3×3
フライト時間もまた1時間くらいなので、乗るとすぐにいきなり紙の箱に入った謎のサンドとプラカップに入った水のセットを渡される。機内サービスは以上です〜

シェムリアップ空港は、思ったよりも新しく(最近立て替えたらしい)降りると外を歩かされる。石垣空港とかこんな感じだ。

そしていよいよ、T先生の恐れる入国審査だ(笑)

606angkor2008 世界遺産の旅 プロローグ2

[旅日記] | [2008アンコールワット]

まだ終わらない行くまでの話。

準備はさくさく進みましたが、やはりT先生がおもろい。
そのころは年末でばたばたしていたので、私もぎりぎり準備をする。同時にT先生も一年で一番忙しい時期を迎えてばたばた。当然二人で旅行について話をする余裕はない。
それでも海外旅行初めてのT先生は、色々不安らしく尋ねてくる。が。
私も2回目なんで変わらないですけど〜(笑)

旅行は2人ツアーで、現地のガイドさんと車が専用で付くもの。ガイドブックを見ると、地雷のことやガイドやホテルのトラブルについてこわーいことが書かれていて、海外初心者の二人には金額よりも安全が大切だよね、と。
ホテルは高級ホテルではないけど中の上で、食事もなにもかもがっつり組み込まれている。選択の余地なし!でも余裕のない二人には良かったと思う。あとでしみじみ実感した。

気になるのは、日本から直行便がないので、ベトナム航空のホーチミン行きでトランジット、その後は小さい飛行機でアンコールワットの最寄りのシェムリアップという都市までのフライトになる。
ベトナム航空かあ・・・そこはかとなーく不安がよぎる(もちろんT先生が(笑)

そして出発前の最大の不安が!
旅行出発直前にタイで空港占拠事件が発生!
実はカンボジアに入る方法はこのタイ経由とベトナム経由の二つなのだ。たしかJ○Bはタイ経由だったような。あぶないあぶない。横田さん(仮名)によると心配ないとのこと。はあ、よかった。
そして忙しすぎたT先生はこのニュースをよく知らなかったらしく、特に心配になっていなかった。あーよかったよかった(笑)

実は旅行日程は飛行機の都合で仕事納めの26日の翌日27日関空11時発。
田舎住まいの私たちが関空に集合時間の9時ごろに到着するためには、前泊するか、夜行バスかしかない。
今回は長距離バスを苦にしない二人だったので、迷わず26日10:30発の大阪行きのバスに乗ることに。そして帰りも長距離バスに乗ると・・・なんと31日18:00には帰宅できちゃうという日程(笑)スゴいぞ私たち!
本当はせめて出発まで1〜2日くらいゆとりが欲しかったし、もう一日くらい日程が欲しかったんだが、飛行機が年を越すと取れなくなってしまうので仕方ない。

まあ、いっそそのくらいギリギリ日程の方が、T先生の思い切りもよかったかもしれない。たとえ出発が27日になったとしても、きっと彼女はぎりぎりまで仕事しちゃうから意味ないし。もちろん当日も残業してから出発していたし。ホーカーホーリックですな。
彼女と一緒のチームの人たちにも、よーくざぶざぶ命の洗濯して返すからね!と言っておいた。

さあいよいよ出発、と高速バスに乗り込む、その時だった。
運転手さんが絶望的に言った。「もうトランクルーム一杯だよ!そんなに入らんよ〜」
やはり年末年始にかけて皆様大移動らしく、トランクルームにはギュウギュウに鞄やスーツケースが入っている。仕方なく、運転手さんと一緒に詰め込み直す。ほぼ立体パズルだった。
しかしなんとか全ての荷物を積み終えることができた。あーびっくりした。

二人ともグーグー寝て梅田に到着。T先生即落ち。空港バスに乗り換え(T先生「今度も荷物はいらなかったらどうしよう」いえ、大丈夫でした)関西空港へ。

関空では特に問題はなかった。
そういえば、カンボジアの通貨はリエル。しかし、ほぼ旅行者はドルで支払うらしい(1ドル=4000リエルくらい)インフレ気味なのと、日本ではリエルは換金できない。
私が出発前に換金したのは二人分で100ドルほど。なんかよくわからなかったので、慌てて換えたけど、やっぱり不足のような気がして空港でもう50ドル換金。思えばもうちょっと多くてもよかったかもしれない。帰りの空港使用料が不足だった。今回は食事や観光に使うお金がほぼ旅行代金に含まれているので、支払うのは飲み物代とチップ少々とお土産代くらい。空港使用料が25ドルだったのでだいたい一人一万円あればおつりがくる。やはり物価が安いんだな。

飛行機に乗るためのチケットは空港で代理店から受け取ることになっていた。
代理店に行くと、ふつうのA4用紙を渡される。なんとこれがEチケットというもので、コレを見せると航空会社が飛行機のチケットをくれる。うーん、なんだか頼りない。普通のコピー用紙だもの。ちょっと行かない間に時代は変わるなー(笑)

飛行機のチケットを受け取る間に、順番待ちの前の家族が多分お母さんベトナム人+お父さん日本人+
子ども+おじいさん(お母さんの父親)という構成だったのだが、お母さんシーンズの短パンにタイツ履き。そのタイツが次に待ち合いで会った時に変わっていたことに、T先生こだわる(笑)
さらにこの家族の中でお父さんの地位が・・・低い(笑)
子どもをあやすのも(しかし4ヶ月くらいの子どもにベビーカーに乗せたままで哺乳瓶は加えられないよ、怖い)荷物もお父さん・・・飛行機の中でもお父さんずっと泣く子どもをあやしていた(涙)

というわけで、いよいよアンコールワットに向かって出発します!!

606angkor2008 世界遺産の旅 プロローグ

[旅日記] | [2008アンコールワット]

私の職場にいるT先生はもともと保育士さん。
とてーも真面目な人だ。
私の表現としては「石橋を角から角までずずずいっと叩いて渡った後に『渡ってもよかったんだろうか』と悩む人」(笑)
同い年なので、保育所にいる時代から結構親しくしてもらっていたかな。
3年前にウチの課に異動してきた。最初はガクブルだったけど、最近は慣れてきたね。

多分飲み会の席かなんかで、「旅行行こうよ」的な話をしたんだと思う。
二人とも、この職場から異動したら長い旅行に行きにくくなるし。
現に私は海外旅行1回、T先生は初めて。
夏の終わり頃にその話が盛上がってきた。
「どこに行きたい?」「リゾートとかでなくって、遺跡とか珍しいものを見たいよね」「どっちかっちゅうとアジア系?」「そうそう」「例えば」「マチュピチュとか」「カッパドキア!」「アンコールワット!」「あ、行きたい!」「「アンコールワット行こう!!」」

というわけで、アンコールワットに行くことになったのでした。
しかし、そんなに事は簡単に進まなかったのだな。

一つは、行く時期が今年の年末年始の9連休になった事。やはり二人とも今の職場でも長くは休みにくく、それなら家族を犠牲に年末年始に行こうという事になった。
そのパンフを見て私が「たっかいね〜〜」と言ったことが、T先生の不安を誘ってしまったらしい。
『Kさん、行くの嫌になったのかな・・・(しょんぼり)』
もちろん、私はただ単にケチなだけで(笑)独身貴族なので一人暮らしのT先生よりは金がある。年末年始の相場を知らなかっただけなんだってば。悪気はないのよ、悪気は。
その誤解が解けるまで、T先生は人知れず悩んだらしい(笑)『嫌がっているKさんを誘っていいのかなー』って。ごめん、マジで可笑しい。本人大真面目ですがね。

それは10月にT先生の係からやはり同い年のMさんが異動になった事。
Mさんはムードメーカー&仕事のできる人だったので、T先生はとても不安になってしまった。
そのせいで精神的余裕がなくなり、私が旅行の話を持ち出せないオーラを放つようになってしまった・・・。休日に不安にかられ私にメールをしてきたこともあった。お好み焼き食べて一緒に映画(おくりびと←いっそ落ちるとこまで暗くなるか!的選択だ)見たときのことだ。

しかし時間的にもリミットなので、10月終わりごろ、旅行代理店に言って相談してみる。
が、案の定「すいません、10人待ちですけど・・・」
しかしこの時点で二人とも、他に目的地を変更できないくらいアンコールワットに行きたくなってしまっていたのだった。
しぶしぶ、最初の会話であがっていたマチュピチュやカッパドキアを見るも、僻地すぎて長い&高い。しかも旅行日程がありえない(飛行機から降りてすぐバスで4時間とか・・・殺人的)

そんななか、カッパドキア8日間、移動もそこまで殺人的でないツアーを発見!
「金額は・・・」「・・・・・・お、おひとりさま、ろ、ろくじゅうごまんえんなり〜〜〜」
いったいどんな人が行くのかと、喫茶店でしばし二人とも悶絶(笑)ありえないってば。
まあ、これがヨーロッパとかならあるんだろうけど・・・この金額を出せる人はそんな体力があるのだろうか。二人で、体力があるうちにこの金額を出してもいいと思える日が来たら、二人で行きましょうと誓い合う(ウソ)

いちかばちか、J○Bで駄目なら日○旅○へ行ってみようと言うことになった。
窓口には、どこかで見たことあるようなおじさんが対応してくれた。この人は後日私によって似ている人物が思い出される。「わかった、横○め○みさんのお父さんだ」らちひがいしゃかぞくかいの前代表(だっけ?)もうちょい若くした感じ。丁寧で良い人だった。

そして横田さん(仮名)の口から思いがけない言葉が。
『あ、多分行けますよ。どのコースが良いですか?』
なーんと、あっさりとGOサインが出てしまった。
数日後、飛行機の確認もとれ、アンコールワット4泊5日の旅が決定したのだった。

・・・プロローグ長すぎるな。しかしまだあるぞ、T先生話が(笑)

二〇〇七年 五月 二十一日(月)

600journey一人京都旅

[着物まわり] | [旅日記]

京都で墓参り登山は、恐ろしいことに上は91歳から下は2歳までの登山だった・・・。

さすがに4ヶ月足らずのたけポンを連れた長兄は帰ったが、妊娠8ヶ月の義姉(ちなみにこの人は私より遥かに年下・・・いとこの中でももしかして最年少にちかいのでは・・・汗)までもがのぼりましたのよ!

ばあちゃんも無理かな〜と思いつつもなんとか登ることができてよかった。冗談抜きで次はないかもしれないからな。
そんな祖母を両親に任せて、私は月曜有休をもぎ取ってばっちり京都観光。観光ではなく着物探しをするのだよ。ふぉふぉふぉ〜〜♪

しかし、私は母の末弟が用意した京料理の昼会席を食べている最中にちょっと電気切れした。
実は、昨夜祖母と同室にさせられた私は、彼女のいびきでなかなか眠れなかったのよ。もう、普段は上品な祖母から発せられるとは思えないようなものすごいいびき・・・。おまえら聞いてみろよ!!と、彼女との同室2回目(次兄の結婚式もそうだった)の私が吠える。本当にこの世のものとは思えない、けったいな音がしたよ・・・。

まあ、ちょっと横になったら回復したので、とりあえず料理も食べる。スポンサーがついているので、おいしい料理もさらにおいしく感じられるぜ!

そしてこの後、みんなと別れて私が向かったのは京都・・から出て奈良!
某所に以前ヤフオクで帯を買ったアンティークの着物屋さんがお店をだしているのだ。翌日はお休みということだったので、ガッツで電車に乗る。
そして・・・手に入れたのは燕柄の単衣にリンゴ模様の帯。ブラボー。


・・・しっかり働いて稼ごう、というお値段だったけどね。

二〇〇六年 三月 八日(水)

100diary十中八九

[日常記録] | [旅日記]

京都に行ってきました。
なぜか職場の人たちと。男二人に女三人。

そもそもなぜ京都なのかというと、女四人で「京都で古着の着物を見よう」
という話を沖縄料理を食べながら盛り上がったのが始まりなのだけど。
いつの間にそこに男子が入ったのか?
その次の飲み会で決まったらしい。
わたしが出ていなかった飲み会で。
さらに言い出しっぺだったAさんが他の行事で不参加となってしまったので、もはや当初の目的(?)じゃなくなってきたんだけど、それでも行きました。京都。

私たちが着物を見ている間、男子二人が伏見に行ってきたらしい。
そこで、とある酒造メーカーの施設内にある神社に行ったらしいのだけど、そこでおみくじを引いたら二人とも凶。
さらに、その中には

「死といえば十中八九死ぬ」

という恐ろしい宣告が・・・(号泣)
Aくん・・・・・・(悲)

もちろん、旅行の間中私たちは
「まあ、十中八九死なんだから、もういいじゃん」
と言い続けていましたけど〜:-p

黄昏れる”十中八九死”Aさん

二〇〇四年 九月 二十二日(水)

600journey旅の記録

[旅日記]

仕事場変わったら、ちょっとだけ旅行に行きやすくなった。
前の仕事場でも、頼んだら連休取れなくもなかったけど、やっぱりみんなにも迷惑かけるし自分も大変だしで、二泊三日くらいだったもんな~。
というわけで、旅行に行った記録をとっておこうと思う。

二〇〇三年 七月 二十日(日)

600journey旅行2日目

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今日はしまなみ海道を通って今治へ
途中の島々をつなぐ橋は実はまだすべて道路できちんと繋がっておらず
それぞれの橋を渡った後でいちいち一般道に下りないといけない
まあ、島にそれぞれいろいろな美術館や観光地があるので、
興味のある人は降りるだろうけど
3人はとりあえず、その中の2つの美術館に行くことにしていた
一つ目は平山郁夫美術館で、なかなか心が洗われるようなないようでした
もうひとつ、その隣にある美術館に行こうとしたのだけれど・・・
あまりの外観のすばらしさに・・・引いてしまった(ーー;)
どんな趣味で作られたのだろうか・・・

今治には私の学生のときの同級生兼クラブ仲間:りかがいるので、連絡して会うことに
そいつは去年結婚して、4月に子供が生まれていたので見に行く
子供は・・・呆れるほどに友人:りか似だった。
(りかは貴乃花似の女である・・・子供の写真もちょっとよくみると貴乃花?)

しかし、栄養士として仕事をしている割にはちょっとは考えてくれ~というくらい
子供の食事のことを考えていなかった
りかよ・・・子供はおもちゃじゃないのだよ~~
ボケているのでは有名だった友達の子育てに一抹の不安を覚えつつ、今治の夜はふけるのであった・・・

二〇〇三年 七月 十九日(土)

600journey家族旅行

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なぜか父母と一緒に旅行に行く羽目になった
なぜに今更家族旅行?と思ったけど、あまりに久々だったので付き合うことにした
行く先は尾道~しまなみ街道~今治・松山 という長距離
車で出発すること約2時間半で尾道に到着
なぜか3人とも尾道には行ったことがなかったので、初日から歩く歩く・・・
ホテルが山の上にあったので、まずは尾道水道の景色は堪能
本当にすぐに目の前にもう島があって、瀬戸内海と言ってもほとんど川くらいの幅しかない
フェリーがたくさん行き交っていて、橋よりも多分よく使われているような
ホテルのある山から下の町までひたすら坂道を下る3人
蚊がすごくたくさんいて、追い払うのが大変。かゆいかゆい~~
なぜか、いろいろな資料館とか観光地はすべて5時にしまっている尾道・・・早すぎっ
明日の朝から再度行かないとだめか~
お風呂にぎりぎりの10時くらいに行ったら、誰もいなくて貸切状態だったので
窓から見える夜景を堪能しつつゆっくり風呂に入って寝ました

二〇〇二年 十二月 十四日(土)

600journeyいぬ

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相変わらず忙しい日々です。
この前、奈良に行ったときのこと。
こんなものを見つけてしまった。 →

これ犬らしい・・・
法華寺というところのおみやげ。
なんでも女人守りらしい。
光明皇后(聖武天皇の奥さん)の建立した寺なんだそうな。
小さな寺で、おばあさんが案内のテープを流しながら一人座っていた。
このイヌ欲しさにわざわざ行ったのは私くらいだろうなあ・・・
同行者にもちょっと呆れられた。

二〇〇二年 八月 十一日(日)

600journeyここはどこでしょう?

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続いて旅行記。出石という町に行った。
天の橋立からちょっと南に戻ったところ。

言い忘れたが、今年は暑い!
暑いんじゃっっ(-_-メ)
腕がひりひりと焼けるように痛かった・・・。
日焼け止めは塗っていたけど、やっぱり焦げてしまった。
屋外の活動はこの時期辛いね・・・。
写真はその出石のシンボル(?)の時計台。
多分ここはほかの季節に行ったらとてもよいところだと思うんだけど・・・
暑すぎ~~●~*

二〇〇二年 八月 十日(土)

600journey天の橋立

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行ってきました♪
お盆期間中は休みが取れないので、その前に休みを貰ったんだけど。
その分、後で一人でもくもくと仕事をこなす羽目になり・・・
それは後での話し(笑)
股覗き風に写真を撮ってみた( ̄_ ̄;)

天の橋立は、股から逆さに覗いて見るとまるで空に橋が掛かっているようだと
それが名前の由来らしいんだけど・・・見える?
橋の部分をレンタルサイクルで走ってみた。
結構ありましたがな。15分くらい。
海水浴シーズンで、みんな海水浴に来ていた。
わしらは泳がなかったけど。

二〇〇二年 五月 五日(日)こどもの日

600journeyすいません、日記さぼってました。

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連休の前半は金沢に旅行にいっておりました。
その恐ろしい体験は、4月28日の日記を参照。

後半から、私は恐怖の飛び石体制に入りました。
2日に休んで、3日に出る、4日に休んで(中略)なんと8日に休み、9日に出勤!
あほーになりそうです。はいな。

ちなみに、後半は両親が旅行に行ってしまったので、休みの日は主婦生活。
自分で作った「半熟オムライスドミグラスソースかけ」が死ぬほど美味かった(笑)
一人で食うのが残念なくらい ←自分で誉めすぎ(爆)
翌朝、これまた休みの日にしか作らないフレンチトーストも美味かった。
主婦は、人が食べてくれるから出来る仕事だね!

あ、ちなみに、28日の日記に書いたおりも政夫がわからない人のために画像アップ。
orimo2.jpg

私は別にファンではありません(爆)

二〇〇二年 四月 二十九日(月)みどりの日

600journey金沢

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いやー金沢は綺麗な町だね。

やっぱり観光地っていうのはそういうものだろうけど、昔の町並みを綺麗に保存している。
それでいてそれなりに都会というのはいいもんだ。
私の住んでいる町なんて思いっきり田舎町だからなあ。

金沢で入った喫茶店。
古い町屋を改造して、紅茶の専門店にしてあった。

そういう店が結構多かったな。珈琲屋とか、甘味処とか。
そこは若い娘さんが二人でやっていた。
そのあと夕食を食べに入った「自由軒」という洋食屋さんで定食を食べていたら、見た事のある人が。
なんと、先の喫茶店の二人の娘さんだった。
どうりで見た事が・・・ってさっきだよ(笑)
お店はほとんど6時くらいで終了していた。
そういえば、暗くなると川沿いのガス灯がついて綺麗なんだけど、その上を
無数のコウモリが飛び交っていた・・・。
うーん。ろまんちっく・・・

二〇〇二年 四月 二十八日(日)

600journey旅行に行ってました

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金沢旅行・・・

この言葉にはしっとりとした落ち着きを感じるよね。
しかし私はまたヘンなものを見つけてしまった。
運命を感じるぜ・・・●~*

それは、越前・一乗谷へ行ったときのこと。
某大河ドラマの影響か、一乗谷は織田信長の戦った古戦場があり、ちょっとした観光地になっていた。
そこから数キロのところに、一乗の滝というところがあった。
あの、佐々木小次郎が「ツバメ返し」を会得したという滝らしい。
私と同行者は行ってみる事にした。

そこは林道の入り口で、かなり道も狭い。
しかし、そこは佐々木小次郎のネームバリューでか、他にも人が何組かきていた。

私「ほほう、この滝で練習したのねー」
S「あ、銅像だ。佐々木小次郎か?」
私「そうみたいだよ・・・・・・・・・
  ・・・なんかおっさんくさくない?」
S「・・・本当だ。
  こいつ・・・ほら、あの。アレに似てるよ」
私「アレ?誰?」
S「・・・あっっそうそぅ!
  おりも政夫!」

・・・・似ているかどうかは、その後入手したその銅像の写真を見てください。

ちなみに、私は笑い転げて写真を撮るのを忘れました●~*
それだけが私のこの度の心残りだったけど、ネットで検索して入手しました(笑)

二〇〇一年 十一月 二十四日(土)

600journeyマサイの戦士

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徳島宿泊~
朝ご飯を仕入れに行ったコンビニで変なものを見つけた。
その名もマサイの戦士


なんじゃ?こりゃ???(写真をクリックするとでかくなるよ)
同行者によると、関西圏では売っているものらしい。
でも、飲んだことは無いそうなのでおもしろ半分、買ってみた。
しかしコレ、ちょっと高いんだよ。
280ccくらいで228円もする。
今はここにないからはっきり覚えていないんだけど、
どうも乳酸飲料らしい・・・
「マサイ人の戦士のように鍛え上げられた肉体になる(らしい)」
ような感じの謳い文句が書かれていた。

飲んだ感想は・・・
牛乳だ●~*
ただ~~の牛乳~~のようなもの~~~っ
まあ、なんだかちょっとミョーな味がしたんだけど、そこらへんがマサイ人?(笑)

とにかく228円も出して買うものじゃないということで、私も同行者もちょっと不満だった。
しかし、マサイの戦士パワーをナメてはいけなかったのだ。

まず、異変は同行者に現れた・・・
夕方近くになって妙にトイレに何度も行っている。どうも腹具合がおかしいらしい。
そして、異変は私の身にも襲いかかってきた●~*
実は、同行者の方が分量を多めに飲んでいたのだ。
これぞ!まさしくマサイ人パワーっ(笑)

そういえば、乳酸飲料だから、当然乳酸菌が入っていたと思う。
乳酸菌もきっとマサイ人独特の乳酸菌だから、きっと不慣れな我々には
ちょっとキビしかったのかもなぁ・・・(笑)
ははは・・・ちなみにこれを書いている今もお腹がごろごろと違和感がある。
マサイ人・・・恐るべしっっ

見たことのある方もそうでない方も。
興味のある方はお試しあれ・・・ただし腹具合の保証は致しません●~*

二〇〇一年 十一月 二十三日(金)勤労感謝の日

600journey連休じゃなかったけど、旅に出てました

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久々に徳島に行って来たよ~ん。

私は学生時代に徳島に住んでいた。
徳島といえば・・・阿波踊り(笑)
でも、今回は「明石海峡大橋と大鳴戸橋の旅(笑)」
兵庫から同行者の車で回って明石海峡を通ってみました。

すんげー早かったよ・・・
あっという間に淡路島にたどり着いてしまった。
淡路島を縦断する高速に乗ると、あっという間に鳴門に・・・あらら~~(笑)

大鳴門橋は淡路島から徳島の鳴門に渡る橋(これは私が学生のときにもあった)
バブルの最中に計画されたので、一般の車の通る下を列車がとおるはずだった。
・・・計画倒れだったけどね・・・(笑)
バブルの崩壊のおかげで、その場所は全く使われることは無かった・・・が。
最近その下の部分に通路を作って人が橋の半ばまで歩いて行けるようにして
「橋からうず潮を見よう!」という観光スポットになっているらしい。


しかも、通路のど真ん中にガラス張りの部分があって、遥か下の海面が丸見え!
うお~~~~っ限定高所恐怖症の私のツボを突く構造だったぜ!
(写真参照 金網の下に海面が見えるでしょ?)

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