二〇〇八年 三月 二日(日)
3月のライオン
[マンガ]
その少年は、幼い頃すべてを失った。夢も家族も居場所も——。この物語は、そんな少年がすべてを取り戻すストーリー。その少年の職業は——やさしさ溢れるラブストーリー。
ハチクロとはまた違った物語。
才能というものが人に何をもたらすのか?
失ったものを取り戻すために、また失っていくものがあるのか。
ハチクロの最後の方にも出てきた、天才というものは必ずしも人を幸せにできない、はぐちゃんの孤独に通じるものを、主人公は持っているようだ。
しかし、淡白な主人公に比べて脇役が濃い(笑)
山田さんの呪い(美人で才能あるのに料理が壊滅的)のようなものもあるし(あかりねいちゃんはデ○專でひなたは料理下手だ)
いちいちむっちりとかきりりとか背負って出てくる二海堂やじいや。彼にも苦悩はあるようだけど、それにしても「気合いが入りすぎて別の漫画になってる」顔とか凄すぎる・・・。
まだ始まったばかりだけど、零に待ち受ける苦悩を予感して、ちょっと哀しい。
二〇〇八年 三月 十九日(水)
チーム・バチスタの栄光
[映画]
見に行ってきました。
「チーム・バチスタの栄光」
・・・
はっきりいって駄作です!
全然わかってないな〜
なぜ竹内結子??そして吉川晃司??
なぜソフトボールなの??意味判らないです。
あの小説で描きたかったことが、10万分の1も表現されていない。
本当に判っていない映画でしたね。
なによりも、田口先生がただのぼーっとした医師になっていたこと。
まあまあ、あの短い映画にするにはちょっと難しいのだろうけど、それでもあの小説のテーマがまったく読み取れなかったのが・・・黙
二〇〇八年 三月 二十日(木)春分の日
毛蟹
[日常記録]
3月15日
母方の祖母の誕生日 満92歳
このばあちゃん、今の所独り暮らしをしております。が。
もうそれはぼけぼけにぼけております。
思えば90歳のお誕生日のとき。
私の両親&私とのお誕生日会食に来なかった・・・というか、来られなかった。
ちゃんとメモしてあったのに、出かける時にメモを忘れてしまったらしく、待ち合わせした寿司屋に来られなかった。インポッシブル。
思えばそれが最初に私たちに「ヤバいの?」という疑問を抱かせた出来事だった。
じいちゃんが亡くなってからはや20年・・・よくぞここまで一人で暮らせたよ。
ここ数年はもう、綱渡り状態になってきて。母の姉弟たちも関東からちょくちょく様子を見に来るようになってきて。もうそろそろ限界だ。
それでも、やはり長年住み慣れた土地から離すのはためらわれて、施設にしても遠くは無理だし。
うちは唯一近くに住んでいるけど、他に父の母親もいるからうちに引き取るわけにもいかず。
多分近いうちにグループホーム的な施設に入ることになるだろう。
そうそう、毛蟹のこと。
火曜日母から「毛ガニが来た」というメールが。
??帰宅するとたしかに毛蟹2匹。なんじゃこりゃ?
何でも祖母のうちに誰から来たかわからない毛ガニが3匹冷凍庫にあったらしい。
多すぎるので2匹引き取ってきたのだが、本当に誰が送ったんじゃ?
そもそもぼけのキタ92歳の老婆のところに毛ガニはないだろう?食べれないよ。
謎だ・・・毛蟹。
毛ガニはおいしかったけど、なんとなく複雑で喜べない我が家でした。
二〇〇八年 三月 二十一日(金)
来た!!
[日常記録]
うちにキタよ、来た!!
なにが来たかって(毛蟹では、ない(笑)
年金特別便がキタ〜〜〜〜〜〜っ
私は一つの職についているのだが、資格が6月にならないと取得できなかったので、臨時採用期間がある。
それと、ありがたくも学生の時に親が年金を払ってくれていたので、それもある。
その二つが、陰も形も、 な い
どういうことやの?
まあ、職場にも記録が残っているからすぐにどちらも判るはずだが。
どういうことやの?
本当に・・・うちにも来た!って感じですわ(笑)
二〇〇八年 三月 二十二日(土)
弱点
[日常記録]
なんだかよく分からないが、こういうことも起きるのだなあ。
父親がアキレス腱断裂(笑)
いや、笑うとこじゃないんだが。
早朝新聞を取りにいって、ちょっとした段差をあがるのに、つま先の方しか載っていないのにかかとに体重をかけ、ぐらついたときになぜか前につんのめったらしく・・・。
先生曰く「思い切り良くすっぱりと切れてました」そうです。
彼はなんと午前中それでも仕事をした。
意外に痛みがなかったそうで、テーピングしてかかとぶらんぶらんのままで(笑)
まあ、自営業&座っててもできる仕事でよかっったね!
んで、午後一で手術してもらい、本日は一泊して帰るそうだ。
しかも、ばあちゃんが来ていた時だったので、私は午前お茶に行って、帰ったら昼を食べる前に父親を病院の救急に送り、またばあちゃんを送って、その後父親の入院グッズを持って行った。
はあ。疲れました。
本人曰く
「局所麻酔が痛い」「クケツ帯をはずしたときが気持ち悪い」だの言ってましたが。
まあ、なんもせずに固定だと6週間もかかるらしく、手術した方が早く直るそうだから。
なんにしてもこれから春になろうというのに、ギブス&松葉杖生活を余儀なくされるので、気の毒は気の毒。
しかし、どんくさい話だけどね!
二〇〇八年 三月 三十日(日)
ショック
[日常記録]
本当になんて月だ。3月。
その日の朝、母が前日に見たニュースの話をした。
それは私の幼なじみとも言えるOくんについての話だった。(幼稚園から高校まで一緒で、幼・小・中さらに前と現在の職場でも一緒なんだから、普通の同級生よりも縁があるのだろう)
くわしくは書かないけど・・・今度会ったらいったいなんて声を掛ければよいのかわからない。
O君は今いったいどんな気持ちでいるんだろう、もう、本当にどうしてよいのかわからないのだろうなあ。本当に、言ってはいけない言葉だとおもうけど。可哀想。これにつきます。
さらに。
昼前に前の職場から携帯に電話が。
その日は異動の発表日だったので、そのことかな?と思って「まだまだあ、午後だよん〜」などと言いながら出たら。ら。ら。
「あのね、まこさんが亡くなったんよ」
・・・・・・・・ええ??
まこさんは以前の職場で一緒に働いていた人だが、私と一回りも離れてないぞ!
一瞬心をよぎる「jisatu」の文字。彼は最近、心の問題で休職中だったのだ。
でも違った。急性白血病。4月からの復職も決まっていたのに、体調が優れず病院に行って、緊急入院した翌日、他界。
ただただ驚くばかり。
金曜日に、こっちの職場でも一緒に働いたことのある女の子達がいたので、一緒にお葬式に行った。
そうそう、前のOくんも前の職場がらみの人なので、仕事関係がかなりダブっている。O君の今の上司も前の職場にもいたことのある人だし。そのせいか、皆ダブルショックで呆然としている。
以前の職場の仲間は、委託のせいでみんなバラバラになっているので、来られる人は皆来ていた。
もう、もう駄目だった。遺影が、本当にまこさんにであった頃のあのいつもの照れくさい笑顔だったから。見た瞬間もぐぐっと来たけど、あとのお父さんのご挨拶で、もうもう・・・涙があふれて。
口数も少なくて、シャイな人だったけど、皆にいじられキャラの愛すべき人だった。
もう、その日の異動なんてふっとんだね。
本当は、課長に係長2人、ウチの係が3人、他1人も異動する大変な大異動だったのだけれど。
頭がぼんやりして、何がなにやら。週末は仕事にならなかった。
今でも本当にどこかからやってきそうな感じ。最近会わない人だから余計に。
なんなんだ!3月!
4月は良いことあるといいな・・・。
あ、ちなみに私はこの職場で6年目に突入することが決定しました。
もう生き字引状態ですわ・・・。これもあり得ない年数なんだけどね。